おもいでの世田谷

長く住まう区民の話から、街の歴史を知るおもいでの世田谷。時を刻んできた街の片鱗や、今はなき姿が見えてくる。

2012.10.01

ここは世田谷区世田谷1丁目。上町「栄寿司」山本正裕さん

第1回目に登場した「味とめ」の女将・辻教子さんにご紹介いただいたのは、48年前に三軒茶屋のすずらん通り商店街から、上町の桜栄会商店会(通称、ボロ市通り)に移転した「栄寿司」。大将の山本正裕さんに、世田谷の暮らしと世田谷に伝わる歴史を語っていただきます。

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ピッ、ピッと、流れるような身のこなしで寿司を握る「栄寿司」の山本正裕さん。自ら市場に仕入れに行くという新鮮なネタを使った寿司は絶品でした。でも、高級で緊張するカウンターではなく、座るとホッとする雰囲気があります。

「うちは、敷き居の低い寿司屋がモットーだからね」と山本さん。酒瓶と一緒に並んでいたのはタバスコ。えっ、お寿司屋さんに!?

「あ、これは生の岩牡蠣にかけると美味しいんですよ。今日の牡蠣は宮崎の日向灘産。それと『舌切(したきり)』もオススメの肴だね。これは、青柳(あおやぎ)からヒモを抜いたもの。酢の物でもいいし、握りもいけますよ」

うーむ、これはいかにもお酒が進んでしまいそう。ところで小学校2年生までは三軒茶屋で育ったそうですが、当時はどんな街でしたか?

「1960年代のすずらん通りは、血気盛んな男性が多かったなぁ。日本中がそういう時代だったから、子どもながらに覚えてますよ。通っていたのは太子堂小学校。前を流れる川に面して染物屋さんがあってね。水面にロープを張って、反物を流して色抜きしていたのが鮮やかでした。その頃は、水が綺麗だったからね」

まだ、開発前夜の時代。世田谷警察署の裏あたりに牛舎があって、放課後は牛を眺めに行ったとか。1956年創業の栄寿司はその後、上町へと移転します。上町で育ち、高校卒業後、大阪の調理師学校に入り、有名ホテルの料亭で修行した山本さん。お父さんと一緒に栄寿司の調理場に立ったのが21歳のときでした。

三軒茶屋から世田谷通りを西へ。または、のんびり東急「世田谷線」に揺られて辿り着く上町駅は、世田谷のいわば「ヘソ」に当たる地点。お隣りの世田谷駅には、世田谷区役所、総合支所、税務署や保健所も集中していますが、なぜこの場所が中心地なのでしょう?

「江戸時代はここにお代官様がいたからね。お屋敷は今、『世田谷代官屋敷』として一般公開されていますよ。私は敷地内にある『世田谷区立郷土資料館』に行くのが好きですね。職業がら、見事な刃物の収蔵物には目を見張ります」

代官屋敷の目の前にある通りが、栄寿司が店を構える通称「ボロ市通り」です。隣接した敷地には弓道場もあって、週末は駅から弓を携えた人々の姿も。日本の風情がありますね。

「この道は大山街道と呼ばれ、古くから街道をつなぐ交通の要衝だったそうですよ」と山本さん。なるほど、住所も世田谷区世田谷1丁目です。

この地に伝わる冬の風物詩が、有名な「世田谷ボロ市」。上町駅から世田谷駅の間にかけて12月15日・16日と1月15日・16日の年4日間だけ立つこの市は、数百店舗にアンティークの雑貨や掘り出し物の骨董品がズラリと並んで圧巻です。その期間、栄寿司も大混雑では?

「ええ。この4日間は、席の予約はお断りしています。常連さんもカウンターの後ろに立って、並んでお待ちいただきます」

ボロ市名物、つきたての「代官餅」(あんこ、きなこ、辛み大根の3種類)を頬張りながら、買い物のそぞろ歩きも楽しい市。世田谷城下で始まった楽市がルーツで、実に400年以上の伝統を誇ります。現在のボロ市は、町会と商店会が中心の「せたがやボロ市保存会」が大切に受け継いでいるもの。

「このあたりは歴史を辿りながらの散策にいいですよ。上町から北へ豪徳寺方面へ進んだら『世田谷城址公園』がありますし。城のお姫様は、白鷺が羽を広げたように花が咲く『鷺草(サギソウ)』の伝説が有名ですね。世田谷区の区の花になっているくらいですから」

11年前にお父さんが亡くなるまで、山本さんは父子二代で暖簾を守ってきました。現在のお客さんには、三軒茶屋に店があった時代から三世代にわたって通われる常連さんもいらっしゃるそうです。ランチではボリュームたっぷりのちらし寿司が、夜はドイツやオーストリアのクラフトビールも手頃な価格で楽しめる、決して気取らない街のお寿司屋さん。代々のファンが多いのが頷ける名店です。

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上町での営業は約半世紀、ボロ市通りに面した「栄寿司」さん。毎年12月と1月の15日・16日に開催される「世田谷ボロ市」の4日間は、店の前が多勢の人々で賑わいます。東急・世田谷線も臨時ダイヤで運行。

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見事な手さばきで握られていく寿司。ネタケースに並んだ新鮮な素材のほかにホワイトボードにある「本日のオススメ」にも注目。意外なネタを仕入れていることも。ビールやお酒の銘柄もお客さんからのリクエストに応え、オススメを豊富に取り揃えています。

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上寿司1,500円は味噌汁付き。奥に見えるのがオリジナルの本格焼酎「世田谷ボロ市」(芋/麦)。このラベルは、山本さんがパソコンでデザインしたそう。迫力ある文字がカッコイイです。グラス一杯600円、ボトルキープ3,000円。お持ち帰りのお土産は2,000円です。

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ズラリと並んだ湯のみコレクションの理由を尋ねると「親戚の半分近くが寿司屋を営んでいるから」だそう。座敷席には家族連れも多く来店するそうです。出産祝いに赤ちゃんと駆けつけた常連さんもいらっしゃるということで、愛されるお店の様子が伝わってきますね。

施設概要

  • 東京都世田谷区世田谷1-24-3
    住所: 世田谷区世田谷1-24-3
    電話番号: 03-3420-1371
    営業時間: 11:30~14:00 / 17:00~23:00
    定休日: 水曜日
    URL: http://home.u01.itscom.net/susi/

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紹介者プロフィール

神吉弘邦 かんきひろくに

カルチャー誌からデザイン・建築の専門誌まで手がけるエディター。出張先での酒場探訪がライフワーク。「IID 世田谷ものづくり学校」から生まれた、日本の離島がテーマの新聞『季刊リトケイ』デスクも担当。

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