
成城の閑静な住宅街にある。庭園は市民緑地として一般開放されており自由に散策できるが、館内見学は完全予約制
邸宅のリビングや応接間に発明品を展示
小田急線成城学園前駅から歩いて15分ほど、国分寺崖線と呼ばれるみどり豊かな高台に「樫尾俊雄発明記念館」はあります。生涯で共同名義含め313もの特許を取得した樫尾俊雄氏は、建材から内装までこだわり作り上げたこの家で、数々の発明品を生み出しました。2012年に亡くなった後、「歴史ある発明品を公開して、皆に感じ取って欲しい」という本人の遺志と、「豊かな緑を大切に守って欲しい」という周辺住民の願いを受け、記念館として整備。435坪の庭園は「成城四丁目 発明の杜市民緑地」と名付けられた市民緑地となり、近隣住民が散策を楽しんだり、小学生が通学路として利用したりと、地域の暮らしに根付いています。

一般財団法人世田谷トラストまちづくりが管理する「成城四丁目発明の杜市民緑地」
玄関に立ち、まず目を惹くのが、コンサートホールのように華麗なエントランスです。木調のらせん階段が滑らかな曲線を描き、見上げると61灯のクリスタル製シャンデリア。天窓には俊雄氏が自らを表現した白頭鷲のステンドグラスが埋め込まれ、天気の良い日には陽光が降り注ぎます。玄関には妻をイメージした極楽鳥のステンドグラス、階段付近には子どもたちを表す丹頂鶴のステンドグラスも飾られ、家族への想いを感じ取ることが出来ます。

当初はステンレスとスチールを用いたモダンなエントランスだったが、その後改築。ピアノを弾いていた娘のために、音響効果に優れた木材に置き換えたという

丹頂鶴のステンドグラスは、2人の子どもたちを想って俊雄氏自身がデザインしたもの
四半世紀以上前に発明された電卓のルーツ「14-A」
館内はテーマごとに5つの部屋に分かれています。かつてリビングだった「発明の部屋」のメイン展示は、1957年に発明された世界初の小型純電気式計算機「14-A」。当時主流だった歯車式の計算機と比べ、機能・演算速度・静音に優れていたことから高い評価を受け、「世界のCASIO」への第一歩となった製品です。国立科学博物館(東京・上野)とスミソニアン博物館(米国)にも収蔵されていますが、現在も稼働しているのはこの1台のみ。説明員の方がボタンを押すと、カタカタと軽快な音が鳴り、あっという間に計算が完了。四則演算の機能や操作法、表示方法は現在の電卓とほぼ同じだそうで、四半世紀以上前の技術力に驚かされます。

裏側はガラス張りで、じっくり観察できる。価格は1台48万5000円と高額だったが、大手企業や研究機関などで普及した

現在では当たり前の「テンキー」を世に広めたのも俊雄氏。当時の計算機はすべての桁ごとに数字ボタンが縦に並ぶ「フルキー」が主力だった

隣接する「数の部屋」には、大ヒット商品「カシオミニ」など歴代の計算機を展示
電子キーボードやデジタル時計の歴史がわかる
カシオといえば、電子キーボードを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。「音の部屋」には、1980年に発売された同社の電子キーボード1号機「カシオトーン201」のほか、「シンフォニートロン8000」や「デジタルホーンDH-100」など、歴代の電子楽器が展示されています。
若い頃からクラシック音楽を愛していたものの、演奏は得意ではなかったという俊雄氏が電子キーボードの開発に乗り出したのは、50代になってからのこと。「演奏が難しい楽器を、誰もが簡単に演奏できるようにしたい」という熱い思いが原動力でした。室内では関係者が当時の思い出を語るインタビュー映像が流れ、開発秘話を知ることができます。

花模様の絨毯が敷かれた「音の部屋」は、妻の寝室として使われていた場所
「時間は1秒ずつの足し算である」と考えた俊雄氏は、計算機の技術を応用し、世界初のオートカレンダー機能付時計「カシオトロン」を開発しました。「時の部屋」にはこの「カシオトロン」をはじめ、1983年に発売された「G-SHOCK」などの人気モデルが並び、ガジェットファンを惹きつけています。
ガラスケースの中には、歩数計や血圧計付き、デジタルカメラ付き、対戦ゲーム機能付きなど、遊び心あふれるデジタル腕時計がずらり。今でこそスマートフォンでおなじみの機能ですが、30年以上前にカシオが実用化していたことに大変驚かされます。


カシオトロンから始まったデジタル時計多機能化の歴史が一目瞭然
俊雄氏の書斎をそのまま公開
最後に訪れるのは、俊雄氏の書斎をそのまま公開した「創造の部屋」。机の上には手書きのノートや鉛筆、消しゴムが置かれ、生涯にわたり紙と鉛筆を使って発明し続けたという逸話を裏付けています。目線の先には神秘的な大理石の壁と、愛用のオーディオセット。クラシック音楽に耳を傾けながら、時に寝食を忘れて発明に没頭していた俊雄氏。その発想の源泉に触れられる場所です。

イタリアから取り寄せた大理石「オニキス」の壁の前に、オーディオセットを設置

書斎から見える庭園。春は枝垂れ桜やソメイヨシノ、夏はハナミズキやサツキと、四季折々の眺めが楽しめる
樫尾俊雄発明記念館では2017年から20回以上にわたって、全国各地の小学校や塾などで「発明アイディアワークショップ」を開催。参加者からは「発明家になりたいと思った」「もっといろんな人の役に立つものを作りたい」との声が集まり、好評を博しています。また、毎年夏休みには館内でクイズラリーや体験教室など、多彩な子ども向けイベントを実施。2016年と2017年には世田谷区立明正小学校で、子どもたちに「誰かの役に立つ時計」を考案してもらい、発明の素晴らしさを伝える「サマーワークショップ」を開催するなど、未来の発明家を応援する活動にも積極的に取り組んでいます。
見学予約は公式ホームページで受付(電話は不可)。説明員が一緒に館内をまわり、ていねいに解説してくれます。館内に飾られた「0から1を生み出す。」「発明は必要の母。」といった俊雄氏の名言パネルも興味深く、心に染み入るものばかり。偉大な発明家が暮らした邸宅で、その発明や思想に触れる。発明に興味のある方はもちろん、美しい建築・庭園を楽しみたい方にもぜひ、訪れてほしい記念館です。
撮影 壬生マリコ