2022.04.13
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どんなに大切に使ってきたモノでも、ひとたびごみ箱に捨てられると、ごみは家からすぐにでも外に出したいものとなり、ごみ置き場に置いたらまるでそんなモノは持っていなかったというように早く収集してほしいものになってしまう...。“モノがごみになるとき”をよく観察してみると、モノに対する心の変化というものは、悲しいくらいアッサリとしているようです。そんなごみですが、みなさんは世田谷区で収集されたごみのゆくえをご存知ですか?今回は、ごみのゆくえと、ごみに関する世田谷区の取り組みをご紹介します。
世田谷区の可燃ごみは、世田谷清掃工場と千歳清掃工場に運ばれて、800度以上の高温で燃やされます。燃やすと大きさは1/20ほどになりますが、世田谷清掃工場では、できた焼却灰をさらに溶融し、スラグという砂のようなものにして、その一部はコンクリートやアスファルトなどの土木資材として活用されています。しかしながら、生成されたスラグは必ずしもすべて土木資材とはならず、余ったものは東京湾の埋め立て処分場に運ばれます。
一方、不燃ごみはそのまま処分すると容積が大きいため、東京湾近くにある2ヵ所の不燃ごみ処理センター(中坊不燃ごみ処理センター、京浜島不燃ごみ処理センター)に運ばれ、中間処理と呼ばれる破砕をして容積を減らす工程と鉄とアルミニウムを取り出す工程を経たのち、やはり東京湾の埋め立て処分場に運ばれます。
そして最後に粗大ごみ。東京湾の近くにある粗大ごみ破砕処理施設に運ばれると、木でできた家具などの可燃系と自転車などの不燃系に選別されてから、破砕され、不燃ごみと同じように鉄を取り出して、最終的には可燃系は燃やして、不燃系は東京湾の埋め立て処分場に向かいます。
このように、最終的には東京湾に埋め立てられているのですが、可燃ごみは焼却灰のスラグ化技術が導入されたことで容積が大幅に減少。現在埋め立てられているのは、不燃ごみと粗大ごみが中心となっているのです。
東京湾の埋め立て処分場というと、夢の島をイメージする人が少なくないかもしれません。じつは、夢の島でのごみの埋め立ては今から40年以上も前の1967年に終了しているのだとか。
埋め立て処分場は、東京湾の沖へ沖へとどんどん進出し、現在はお台場から南に向かい、海底トンネルを超えた方面にある「新海面処分場」へ運ばれていますが、ここは東京湾の中で埋め立て可能な最後の区画となっていて、東京23区のごみから計算すると、あと50年しかもたないことが分かっています。
それならば、湾の外へさらに区画を広げればいいのでは、と考えるかもしれませんが、東京港湾区域の外は東京都の権限が及ばず、東京港は大型船舶が毎日行き来する貿易港でもあるので、航路を狭くするわけにもいかないと、処分場としての寿命が迫っているのです。
世田谷区では、ごみの減量について様々な取り組みを重ねていますが、そのひとつがごみ減量・リサイクルの普及・啓発のための施設運営です。
例えば「エコプラザ用賀」では、まだ十分に使用できるものがごみとして捨てられている現状を伝え、ものを大切にする意識の工場と、リデュース・リユースの大切さを啓発することを目的に、粗大ごみのうち、まだ使用できる家具などのリユース品の展示・提供を行っています。
「リサイクル千歳台」では、ごみ減量やリサイクルに関する活動を行っている団体やグループの活動の場となり、講座や講習会の開催も。
ほかにも世田谷区では、平成25年よりCO2排出量の少ない、環境にやさしいごみ収集車を導入していますが、今取り組むべきは、行政側ではなく、ごみを捨てるひとりひとりに託されているような気がします。
ごみ処理施設や処分場は、見学会が定期的に実施されているので、毎日の暮らしのなかで捨てたごみが最終的にどこに行き着くのか、一度自分の目で確かめてみるのもいいかもしれません。
この記事に関連するタグ:ごみ, エコプラザ用賀, リサイクル, リサイクル千歳台
増村 江利子
国立音楽大学卒。Web制作、広告制作、編集を経て現在はフリーランスディレクター。一児の母。主なテーマは、暮らし、子育て、食、地域、エネルギー。毎日を、ちょっぴり丁寧に暮らしたいと思っています。
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