通常の聴覚検査ではわからなかった愛娘の難聴
吉岡さんは、娘さんが、いつまでたっても「ことば」を発しないことに悩んでいました。
娘さんは、生後3日以内に受けた、「新生児聴覚検査」(注1)では、聞こえに異常なしと診断されていました。しかし、発話が無かったため、病院で聴覚検査を重ねた結果、娘さんが3歳も終わりの頃に、「オーディトリーニューロパシー」の可能性があると診断されました。音は聞こえるけれど、言葉は聞き取れない珍しい症例の難聴です。
「Vocagraphy!」 開発者の吉岡さんと娘さん
娘さんが話しださない理由がわかり、少しホッとした吉岡さんでしたが、同時に、焦りも感じました。子どもがことばを覚えるには、初語から幼児語を発し始める2~3歳頃までが大事な時期で、聴覚障害がある方は、この適切な時期に支援を受けないと、充分な言語力を得ることが困難になりやすいと言われているからです。
言葉を教えるためのアプリ開発を思い立つ
吉岡さんは、ことばを教えるために、家じゅうの家具や物に、名前をひらがなで書いて貼りました。外で見たものを撮影し、カードにして、それを見ながら親子で向かい合って、一語一語繰り返し根気よく教えました。しかし、それはとても限りない作業で、愛娘のためとはいえ、生活や仕事などにも影響してくるほどでした。東京工科大学で情報工学の講師を務めていた吉岡さんは、そのカードのデータ化を思い立ち、スマホアプリとして進化させた、『Vocagraphy!』(ボキャグラフィー)を開発しました。
その子に合ったオリジナル教材が簡単に作れる
“Vocagraphy!”は、対象物をスマートフォンで写真を撮り、アプリに読み込んで、名称などをいれ、オリジナルのことばのカード集を簡単に素早く作れるというものです。一つのことばに対して、複数の画像を表示することができます。例えば「でんわ」ということばにしても、黒電話、とスマートフォンを関連付けることができます。
「電話は遠くの人と話をする仕組み」という観念も、教えてあげることができます。ことばの習熟度に合わせて発展させれば、「昔」や「今」といった時間の観念や、複雑な技術の話まで広げられる可能性ができます。ことばと画像を関連付けが容易なので、語彙の習得も伸びやすくなっています。
写真といくつかのキーワードが入力できる
クイズモードも加えたことで、娘さんは、積極的に写真を撮ってカードを作り、アプリで学ぶようになりました。身の回りのモノで楽しみながら学習し、ことばの習得が驚くほど早くなりました。
保護者の負担を軽減したいと、“Vocagraphy!”を2020年3月無料配信を開始
「特別支援学校へは、送迎などが必要になります。家庭学習では、絵日記やドリルに取り組むにも、時間がかかります。単語カードは、持ち物を撮影して言葉を組み合わせ、たくさん作らなくてはなりません。保護者の中には、普段の生活や仕事もセーブしたり休んだりと、時間の調整に苦労している方が多くいらっしゃいました」(吉岡さん)
子どもたちや学びを支える保護者のため、“Vocagraphy!”を利用することで楽しく、効果的に学習できるように、という思いで無料配信を決めたそうです。
吉岡さんは、「療育を支える保護者の力に、少しでもなれたら嬉しいです。また、外国語を覚えたり、記憶が苦手な子どもにも使っていただきたいです。」と、話します。
仲間分けも出来て関連づけも簡単
世田谷から世界で愛用されるアプリに
現在、欧米やオーストラリアなど海外でも、どんどんアプリの利用者が増えてきているそうです。今後は、「風が吹いている」などの目に見えない事象や、「走る」、「止まる」などの動詞の理解のために、動画を利用できるようにする予定です。また、アンドロイド版も3月にリリースが決まりました。
父が愛娘のために作り続けた言葉カードは、“Vocagraphy!”としてデジタル化され、療育はもちろん、使い方次第では、様々な用途の可能性を持ち、世界中で広がろうとしています。
誰でも「ことば」を楽しく、効率よく覚える学びに、“Vocagraphy!”を活用してみてはいかがでしょうか。
(注1)「新生児聴覚検査」とは
聴覚障害の早期発見・早期療育を図るために、新生児に対して実施する検査です。新生児聴覚検査には、おおむね生後3日以内に実施する「初回検査」、初回検査においてリファー(要再検)であった児を対象として、おおむね生後1週間以内に実施する「確認検査」がある。
Vocagraphy!
公式ホームページ http://www.blw.jp/