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くらしの世田谷

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2013.10.30

ダウン症の人たちが描きだす、調和と明るさにあふれた世界

世田谷区経堂の住宅地に、ダウン症の人のための絵画教室「アトリエ・エレマン・プレザン」があります。「ダウン症の人たちの絵に共通している調和的でポジティブな作風は、彼らの内面にある世界が表れたもの」と代表の佐久間寛厚さん。絵を指導するのではなく、彼らのリズムにまかせて自由に描いてもらうことを大切にしてきました。彼らの描くアートだけでなく、その世界観から、多くの人々に生き方や未来への新しい可能性を感じてほしいと話します。
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ダウン症の人がもつ芸術性との出会い

経堂の商店街から路地を入ったところにある、静かな雰囲気の一軒家。入り口には、「アトリエ・エレマン・プレザン」と描かれたキャンバスが置かれています。玄関を入ると、アトリエからにぎやかな笑い声が聞こえていましたが、やがて制作に集中する静かな時間に包まれました。

ここは、ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ。1980年代に子どもの絵画教室を開いていた画家の佐藤肇さん、敬子さん夫妻がひとりのダウン症の子どもと出会い、高い芸術性に衝撃をうけたことがきっかけとなり、1990年頃から三重と東京で始められました。現在は、佐藤夫妻の娘・よし子さんと夫の佐久間さんが中心となり運営しています。

「最初に注目したのは、ダウン症の人たちの芸術性に共通した特徴があったことです。彼らの絵は、色と色が画面のなかで調和して見事にバランスをとっている。やさしく肯定的な表現で、彩りも明るい。違う作家の作品を並べても、同じ作家のものと間違われるくらい、共通した感性があるんです」と佐久間さん。

肇さん、敬子さん夫妻は、これまで注目されてこなかったダウン症の人たちの優れた作品を「アール・イマキュレ(無垢の芸術)」と名づけ、芸術としての地位を確立する活動に力を注いできました。作品が高い評価を受ける一方で、活動を受け継いだ佐久間さんたちは「なぜ、こうした表現が生まれるのか?」と、彼らの内面性に興味をもつようになります。

アトリエの作品は、鮮やかで楽しくなるような色づかいばかり

アトリエの作品は、鮮やかで楽しくなるような色づかいばかり

代表の佐久間さん。アパレルとのコラボTシャツを着て

代表の佐久間さん。アパレルとのコラボTシャツを着て

心の内面を表す、調和的な作風

「絵を見た一般の人から、よく『でたらめに描いているんでしょ?』と言われるんですよ。でも、自分で描いてみるとわかると思いますが、それでは作品にならない。ダウン症の人たちは、いちばんいいバランスでの終わり方を知っているんです。それは、絵を描く以前から、調和的・肯定的な世界が彼らの内面にあるからだと思う」(佐久間さん)

現在、東京のアトリエに通っているのは、5~35歳までの37人。土日に開かれる絵画クラスをメインに、平日の午前~夕方には、自由な制作活動をして過ごす「プレ・ダウンズタウン」と呼ばれる教室があります。取材にうかがったのは、平日の午後。アトリエには4人の生徒さんがいました。

大きな机を囲んで、ゆうすけ君はクレヨンで色を塗り重ね、だいすけ君は辞書を見ながら創作文字を描き、あきちゃんはヌード画と、それぞれが自分で決めた作業に夢中になっています。布でコラージュをしていたはるこちゃんが、「ありがとう」と描いたカードをプレゼントしてくれました。

「このアトリエが、色々な人に支えられていることを彼女なりに感じているんです。だから、みんなにカードを渡すんですよ」と佐久間さん。一般にダウン症の人たちは感受性が強く、思いやりが深いと言われますが、言語表現が得意でない人も多くいます。絵を描くことは大事なコミュニケーション手段の一つなのかもしれません。

それぞれの制作に集中するアトリエの生徒さんたち

それぞれの制作に集中するアトリエの生徒さんたち

はるこちゃんの描いた「ありがとう」「楽しくね」のカード

はるこちゃんの描いた「ありがとう」「楽しくね」のカード

「彼らが遅いのか、僕らが早いのか?」

教室といっても、ここでは美術的な指導はしません。佐久間さんが「僕は先生じゃないよね?」と聞けば、あきちゃんも「先生じゃない」ときっぱり。「彼らは教えられなくても素晴らしい絵が描ける。だから、自由に表現できるように、彼らのリズムに任せて寄り添うことを大事にしているんです」と佐久間さん。

佐久間さんは、ダウン症の人がもつ内面世界を “彼らの文化”と呼びます。「一般社会と違うリズムだという理由で、彼らは動きが遅いとか言われてしまう。でも、ここでは見学に来た人も含めて、私たちが彼らのペースに合わせます。そうすると文化が逆転して、見え方が変わってくるんです。彼らが“遅い”のではなくて、僕らが“早い”のだと」

「“彼らの文化”はむしろ社会にとって必要なもの」と佐久間さんは続けます。「このアトリエに来るとほっとするという人は多い。いまの社会に居づらさを感じる人は少なくないですよね。もしかすると、彼らを“遅い”と言ってしまうような文化は、人にとって何かがずれているのかもしれない」

「僕は別に先生じゃないよね?」「うん。先生じゃないよ」

「僕は別に先生じゃないよね?」「うん。先生じゃないよ」

クレヨンの色を何度も塗り重ねた、ゆうすけ君の作品

クレヨンの色を何度も塗り重ねた、ゆうすけ君の作品

「ダウンズタウン」に見る新しい未来

彼らの文化を絵だけでなく、生活全般に広げて社会とつなげることができたら、アートや福祉といった分野を超えて、新しい未来の可能性がみえるかもしれない――そんな思いから生まれたのが「ダウンズタウン計画」です。

「ダウンズタウン計画」とは、ダウン症の人たちを中心にした文化発信地をつくる構想。美術館を中心に、彼らがデザインしたアトリエや住居、カフェ、畑などをもち、自分たちのリズムで生活し、一般の人も立ち寄れる場所をイメージしています。この計画は、多摩美術大学の芸術人類学研究所との共同で立ち上げられ、少しずつですが三重県で準備が進められているそうです。

現在、アトリエでは制作環境を優先して、一般の見学は基本的に受けていません。でも、こうした場所ができれば、彼らの文化を身近に感じる機会も増えるかもしれません。そこからどんな未来が生まれていくのか、その実現が楽しみです。

また、2014年の夏には、東京都美術館で展覧会も開催予定。ぜひHPをこまめにチェックしてみてください。

ダウンズタウン計画を紹介した冊子とイメージスケッチ

ダウンズタウン計画を紹介した冊子とイメージスケッチ

2009年に開催した「アール・イマキュレ―希望の原理」展の様子

2009年に開催した「アール・イマキュレ―希望の原理」展の様子

(撮影:庄司直人)

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アトリエ・エレマン・プレザン東京
住所:東京都世田谷区経堂
   ※住所の詳細は取材対象者の意向により掲載を控えています
TEL:03-6313-9906
http://www.element-present.com/
定休日:木・金曜日
※基本的に、一般の方の見学は受け付けていません。
 学生の見学希望者はHPにある申し込みシートによる事前申し込みが必要です

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紹介者プロフィール

中村未絵

香川県生まれ。神奈川県、石川県、東京都育ち。ファッション誌編集者を経て、フェアトレード、食、地域をテーマにした媒体に関わる。「意外と知らない身近な暮らしのこと」に興味があります。

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