住宅街にあるとはいえ、近所の方だけでなく、「ずっと電車から見えて気になっていて」と途中下車して訪れる方も多いという。テレビや、インターネットを見て、遠方から来る方も最近では増えました。
飯塚さんは、毎日このお店に立ち、シェイカーを振っています。
「母親がね、健康に生んでくれたから、こうして53年もやり続けられるんでしょうね。お休みは特別ございません。私が一人でやっていますんで、いつでもいいんです。基本的には毎日やっています。仕事というより、自分の生活のリズムの一部。いろんなお客さんと話してるだけで、世の中とのつながりを感じるわけです」(飯塚さん)
その昔、戦争中は“月月火水木金金”という言葉があり、「休日なんてなかった」と話してくれました。
「ここはね住宅街ですからね、いつお客さんがくるかはわからないですね。おばあさんに近い年齢の女性もお見えになりますし、最近では、女性おひとりでいらっしゃる方も多いですよ。うちはね、ドアが閉まっていて中が見えませんから、入りにくいかもしれませんけれど、住宅街のバーですからね、そんなに緊張することはありません」
とはいえ、一人でバーへ行き、どういう風に頼めばいいのか、カクテルの名前もわからず、どぎまぎしてしまうことも……。
「そういうときは、どんなものがお好みかをうかがいます。甘いのか、強いものか、弱いのがいいのか。カクテルの名前を覚えようなんて無理ですよ。写真のついたメニューもあるので、そういうものから選んでもらうこともあります。この雰囲気ですからね、一度入っていただければ、落ち着いて召し上がっていただけます」
店の名物ともいえる「ソルティードッグ」は、ウォッカではなく、ジンベース。
「それを召し上がるとね、飲みやすいとみなさんおっしゃいますね。塩をなかに入れるんですが、一番おいしい量を加減して、シェイクします。私の作り方はね、イギリスなもんですからね。スコットランドのほうはウイスキー、下の方はジンですね。ジンのほとんどはロンドンドライ。だから、ソルティードッグもジンベースなんですね。ソルティードッグはね、昭和15年、イギリスで誕生したんです。船の甲板員がね……」
ソルティードッグの逸話。この続きは、ぜひお店で。飯塚さんの軽妙な語りを聞きながら、塩気がほんのり感じられる、絶妙な味わいのソルティードッグをいただきました。
大人になってお酒を飲む機会は増えても、バーで静かにお酒を嗜む時間はそう多くありません。
「バーはひとりで飲む場所。ゆっくりと飲みにきてください」と飯塚さん。
「バッカス」は、今夜もひっそりとオープンしています。