熱い支援を得て保存・改修が実現
「旧尾崎テオドラ邸」は明治21年(1888)に誕生。「憲政の神様」と呼ばれていた元東京市長・尾崎行雄の妻であるテオドラ英子が英国から来日した頃に、テオドラの父である尾崎三良男爵が建てたとされています。建築様式は、明治初期に日本に伝わった「下見板コロニアル」。木製の板を水平に重ねて張る工法や明るい色の外壁が特徴です。札幌市時計台や長崎の旧グラバー住宅も、この様式で建てられています。
当初は港区・六本木にありましたが、昭和8年(1933)に現在の場所に移築。関東大震災や第二次世界大戦をも乗り越えてきました。戦後は英文学者などが住む洋館として、地域の人々に愛されていました。
しかし2020年夏、建物の取り壊しと分譲住宅の建設が決定してしまいます。これに声を上げたのが、周辺を散歩するたびにその美しさに見惚れていたという漫画家の山下和美さんでした。地域住民と協力して4000人以上の署名を集め、建設会社と話し合いを重ねた末に、漫画家の笹生那実さんとともにほぼ全財産を注ぎ込み土地家屋を取得したのです。
こうして解体は免れたものの、新たな壁が立ちふさがります。100年以上の歴史を持つ建物は劣化が激しく、さらにはコロナ禍や資源不足などによる物価高騰も重なり、改修費用は1億円数千万円以上と判明。クラウドファウンディングでの支援や複数の漫画家からの融資を受けてなんとか費用を集め、2024年3月にようやくギャラリー兼カフェとして生まれ変わったのです。
約2年に及んだ改修工事にあたって大切にしたのは、建てられた当時の状態をできる限り残すことでした。床板は一度剥がして基礎を直した後で元に戻し、ドアや窓枠も修復して再利用しています。
19世紀の英国に着想を得たスイーツが人気
館内でとくに人気を集めているのが、テオドラが生きた19世紀の英国にちなんだコーヒーや紅茶、スイーツを提供する喫茶室です。室内を彩る家具は神戸の老舗洋家具店に特注したもので、明治時代の雰囲気を堪能できます。喫茶室の利用は90分制で、基本的に事前のチケット購入が必要です(※注)。
紅茶好きなら必ず注文したいのが、“ダージリン・セカンド・フラッシュ(1,350円)”松陰神社前の紅茶専門店『Pure Tips』から取り寄せた最高級の茶葉を使った一杯は、芳醇な香りと深い味わいが特徴です。コーヒー派には長野県にある『トウミコーヒーロースタリー』によって洋館をイメージしてブレンドされた“旧尾崎テオドラ邸オリジナルブレンドコーヒー(1,000円)”がおすすめ。専属の若手パティシエが19世紀の英国に着想を得て作ったスイーツも美味しく、優雅な時間を堪能できます。
人気漫画家の作品をゆったり鑑賞できる
喫茶室を堪能した後は、2階のギャラリーへ向かいましょう。ここでは、著名な漫画家から若手漫画家まで、幅広い作品が展示される企画展が開催されています。直筆原稿や貴重な作品を間近で鑑賞できる、ファンにとってはたまらない空間。人数制限のある予約制なので混雑の心配がなく、作家の息吹を間近に感じることができます。
1階のショップも見逃せません。テオドラと猫のシルエットをモチーフにしたマグカップやハンドタオル、「世田谷みやげ」に選出されているクッキー缶など、キュートでおしゃれなオリジナルグッズが充実しています。
2025年1月18日から3月4日までは、「水は海に向かって流れる」「みちかとまり」などで知られる漫画家・田島列島の初の原画展「田島列島はイイもの展」を開催。今後もさまざまな漫画家にスポットを当てた展示が予定されています。
展示、建築、喫茶と3つの楽しみがそろった旧尾崎テオドラ邸。漫画ファンはもちろん、歴史や建築が好きな方や、洒落た洋館でアフタヌーンティーを楽しみたい方に、ぜひおすすめしたい施設です。
文 渡辺裕希子(合同会社まちとこ)
撮影 壬生真理子(合同会社まちとこ)