地域や世代を飛び越えて、「産み育て」について考えよう。
この演劇ワークショップは、2008年から世田谷パブリックシアターで継続的に実施している事業のひとつ。毎回、社会的なテーマを決めて、演劇の手法を用いながら、参加者がそのテーマについて考えていきます。
「体を動かしながら表現や対話することで、頭で考えているだけでは得られない、たくさんの発想を得ることができます」と語るのは、世田谷パブリックシアターの九谷倫恵子さん。確かに、机に座ってウンウン考えているよりも、街をぶらりと歩いている時なんかの方が、いいアイディアが浮かんだります。
今年は、北九州、水戸、世田谷の3ヵ所で、同時期にワークショップを行いました。各地で「産み育て」について考え、ビデオレターから参加者同士が想いを交換する「北九州~世田谷~水戸をめぐる文通プロジェクト」を発足。
人形劇をつくるうちに、自然とグループに一体感が。
まずは、地域ごとのグループに分かれてテーマ決め。「産み育て」について関心のあることを、1枚の紙に1項目ずつ書いて並べ、「どうしてその項目を書いたのか」を話し、共有します。そして、みんなが出した項目の中からからテーマを3つに絞り、人形劇を作って表現します。ちなみに、北九州のテーマは「働く」「子どもは3人」「表現力」。世田谷のテーマは「働く」「孤育て」「子育て観の違い」。水戸のテーマは「働く」「昔の子育て」「同調圧力」でした。それぞれのテーマに、地域性が感じられます。
でも、いきなり劇を作れと言われても、一体どうしたら……?
「日常生活を思い出して、それぞれのテーマをよく表しているシーンを選んで、遊びの感覚で表現してみてください」(阿部さん)。
そう言われると、「昨日、主人からこんなことを言われて悲しくなった」とか「たまには夜飲みに行きたい」とか、どんどん言いたいことが湧いてくる。自分では言いにくいことも、人形を通してなら言いやすいような。いろんなエピソードを話し合ううちに、「うちも同じ!」「わかる、わかる」と、グループに一体感も生まれます。
完成したら、人形劇をビデオレターにして、各地で鑑賞し合います。感想もビデオレターで届くので、自分たちの作品が他の地域の人たちにどう受け止められたのかがわかります。
私が印象的だったのは、東京の「孤育て」。子育てに煮詰まった時、その感情は言葉ではうまく言い表せないことが多い。日常のワンシーンを思い出しながら劇をつくる過程は、「あぁ、自分はこんなことが言いたかったんだ」と、改めて自分の気持ちを整理する、いいきっかけになりそうです。
演劇を通じて、人々の間にある溝をつなげたい。
参加した方からは、「ママ友との付き合いに悩んでいたのですが、もっと積極的に繋がりをつくる努力や勇気が必要なんだなって思えました」という声や、「ママのリアルな気持ちがわかるようになり、コミュニケーションの取り方が変わりました」などという声が。ワークショップを通して、それぞれが抱えていた悩みの解決の糸口が見つけられたようです。
最後に、進行役の阿部さんにもお話を伺いました。
「私は出産して、初めて子育ての大変さを思い知りました。それまで演劇の世界は子育てとは無縁でしたが、演劇も子育てに対して、もっと貢献しなければと思いました。最近は、同じママの間ですら、変に気を遣ったり、違う価値観を認められなかったり、溝が多いように感じます。私は、世界にできたこの溝を、演劇を通じて繋ぎたいのです。地域も世代も性別も環境も違う人たちが集まって、みんなでどうしたらより良い子育てができるのか考える。これから産み育てる立場になる若い世代の方々にも、ぜひ参加してほしいです。一緒に演劇を体験することで、きっと新しい世界が開けます」
劇をつくる過程で、自分を客観的に見たり、相手の立場を考えられるようになったり。それは、世界の溝を繋ぐための、大きな一歩となるでしょう。