世田谷パン祭り=地域の祭り
世田谷パン祭りの会場のひとつである三宿の商店会「三宿四二〇商店会」。その商店会の会長である間中伸也さん(写真中央)が実行委員長を務めている世田谷パン祭りは、今年3年目を迎えます。年々、来場者も反響も増し、コンテンツも充実していく、まさに育つ、発酵するお祭りです。
その世田谷パン祭りを支えるのが、商店会を中心とした地域の力や、学びの場を提供する世田谷パン大学、そしてボランティアの人々。それぞれの役割を担う3人にお話を伺うと、「地域の祭り」の要素がくっきりと浮かび上がってきます。発起人でもある間中さんが思う、パン祭りの魅力とは?
「買って食べて終わり、ではないところですね。パンをシェアしたり、ベンチに腰掛けたら隣の人と会話が始まったり、つながりが生まれるイベントを目指しています。年々、参加者同士、ボランティア同士のつながりが、どんどん広がってきています」(間中さん)
パン祭りから商店会へ、商店会からパン祭りへと、相乗効果を活かして三宿地域を盛り上げてきた間中さんは、3年かけて熟成した、地域の人たちの意識の変化も体感しているそうです。
「率先して手伝いたいというメンバーが増えたことや、パン祭りの様子を見て、地域を盛り上げるために商店会に参加したいという人も出てきたのが嬉しいですね。また、今年は運営の事務局とは別に、実行委員会が立ち上がり、地域主体でパン祭りの方針などを共有して考える場ができました。会議でも前向きな発言が多いので嬉しいです」(間中さん)
特に、間中さんが大事にしているのが「パン祭りは地域の祭り」ということ。混雑を想定して予め説明して周ったり、三宿界隈の方を対象に優先販売を設けたりと、気配りを忘れません。時には地域の方からの辛口なフィードバックも、よりよいパン祭りにつながっているといいます。
「今年パン屋さんにお願いしたのは、小さいサイズで価格を抑えたパンを作ってもらえませんか?ということ。この地域には、一人暮らしの高齢者の方も多いですし、いろいろな種類のパンが食べられて、他のお客さまも喜ばれるのではないでしょうか。」(間中さん)
商店会長だからこその視点が、パン祭りを誰もが楽しめるイベントへと導いているようです。
学んで広げる、深める、パンの魅力
パン祭りの大きな特徴は、「学びの要素があること」と3人の縁の下の力持ちは口を揃えます。IID世田谷ものづくり学校(以下、IID)で学びの場を開校する自由大学が、前回に引き続き「世田谷パン大学」を企画プロデュース。学長の和泉里佳(写真右)さんに、パン大学の楽しみ方を伺いました。
「遊びに来た人が、ちょっとディープな体験ができるのが一番面白いところ。普段は聞けないパンづくりをしている人の話が聞けたり、思いもよらない食べ方を発見したり。パンを食べる各国の文化や歴史、背景を知ると、パンも味わい深くなるんじゃないでしょうか」(和泉さん)
「パン好きとひとくちにいっても、いろんなパン好きの人がいる」と和泉さんはいいます。パンに合うチーズやお酒、酵母パン作りなど、さまざまな興味の幅に合った授業を選ぶことができます。
「例えばチーズでいうと、このタイプのチーズに合うパンは何だろうという実験できたり、世界各国のチーズを比べたり。チーズ好きっていうきっかけから扉をひとつ開けるとわーっと世界が広がるみたいなことが、体験できると思います」(和泉さん)
普段から、バラエティに富んだ講座を開校している自由大学。レギュラー講師のワークショップに加え、“パンの聖地、三宿”界隈のこの日限りの講師も多数登場します。
「シニフィアンシニフィエの志賀さんをはじめとしたパンの世界での有名人もいれば、コーヒーワインなどパンをもっと楽しむためにいろいろな人が講師として活躍します。地域の人たちの力がエネルギー源になり、自由大学にとっても、地域とのつながりが生まれる場所になっています」(和泉さん)
“自分ごとのボランティア”の活躍
さて、これまで聞いてきたパン祭りの舞台裏ですが、ボランティアがいなければ、運営はなりたちません。そのボランティアを取りまとめるのが、IID事務局であり、LLPスケット代表の秋元友彦さん(写真左)です。
「IID自体が、地域に根づいていこうという施設なので、その関係性の中でパン祭りがあります。会場のグラウンドや世田谷公園などの施設は、商店会さんと行うからこそ借りられますし。地域と共にある意味を最も強く意識するイベントですね」(秋元さん)
普段、IIDが主催する館内完結型のイベントとは異なり、いくつもの会場があり、来場者数も多数。その現場になくてはならないのが、ボランティアの人たちです。これまで毎年100名以上のボランティアが、交通整理、会場を巡回しての環境整備、受付やワークショップの運営などを担いました。
一つの仕事に偏らないようにローテーションを組み、希望する仕事を聞いて、ボランティアで参加しながらも、祭り自体を楽しめる工夫をしているといいます。休憩時間にはパンが買えますし、商店会の人たちが食事を振る舞ってくれる、お楽しみも用意されています。
今年はすでに説明会も2回開催し、チーム分け、リーダー決めも完了。運営の前段階から参加し、自発的に意見を言いながら関わることで、“スタッフの一員”と実感してもらいたいと考えているそうです。
「今年のボランティアの中には、去年に続いて参加してくれている人も多く、リーダーに立候補する人もいます。自分ごとに思ってくれる環境にあるイベントっていうのがいいですね。」(秋元さん)
今年のボランティアはまだまだ募集中。三宿商店会の人々や世田谷パン大学の人たちの想いとともに、自分自身も世田谷パン祭りに関わり担うつもりで、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。
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■世田谷パン祭り公式ホームページ:http://www.setagaya-panmatsuri.com/
■パン祭りに関する最新情報はこちら:https://www.facebook.com/panmatsuri
■ボランティア募集についてはこちら:
http://llpsket.exblog.jp/20862815
[9月の特集] パンを楽しむ祭典「世田谷パン祭り2013」
お母さんの孤立化をなくしたい
小田急線の成城学園前駅から徒歩1分のところにある親子カフェ「パックスファミリア」。店内に入ると、木のぬくもりのある明るい空間に、かわいらしい木のおもちゃや絵本などが飾られています。店長の関口千鶴さんはこのカフェを始めた理由をこう話します。
「もともと子ども好きだったことと環境問題に興味があり、子育てと環境問題を結びつけたお店を開きたいと思いました」
結婚をきっかけに夫婦でお店を開き、まずは木のおもちゃの販売からスタート。子どもが舐めても安全な国内の天然無垢材を使用したおもちゃを探して取り揃えました。
また、開店準備の調査を進めるうちに、お母さんが子育てで孤立していることに気づいたという関口さん。親が遠くに住んでいたり、近所付き合いがなかったり、そんなお母さんたちの孤立化を、お店で解消できないかと考えました。
そこで、ハーバルセラピストの資格を持つ関口さんは、お店でハーブティーを提供することに。子どもたちが木のおもちゃで遊んでいる間、お母さんにゆっくりハーブティーとおしゃべりを楽しんでもらおうとカフェを始めました。
さらに、関口さんは持ち前のフレンドリーさを発揮。お店に来たお母さんに必ず話しかけたり、親子写真を撮影してプレゼントしたり、積極的な交流を心がけています。
「家族の幸せはママの笑顔から。家族という一番小さな枠組みが幸せになれば、もっと世の中は良くなるはず。小さなお店ですが、少しでも地域社会に貢献することができればと考えています」(関口さん)
その人柄に惹かれて、「煮詰まったので遊びにきました」「おしゃべりしに来ました」と言って来店されるお母さんも多いそう。「パックスファミリア」は、成城学園駅前を利用する、近所のお母さんが集まる憩いの場になっています。
イベント満載で赤ちゃんもお母さんも楽しく
お母さんに楽しんでもらいたい、お母さん同士の交流を深めたいという思いから、たくさんのイベントも開催されています。
取材した日に開催されていたのは、日本音楽脳育協会の中込美香子さんによる「リズムマッサージ」。リズムマッサージとはベビーマッサージをリトミック(※)で楽しもうというもので、マッサージに音楽的な要素を加えることによって、赤ちゃんの五感を刺激し、心と脳と体の発達を促します。「お母さんの歌声や心地よいリズムに触れ合うことで、赤ちゃんの感性やお母さんの音育児力が豊かになります」(中込さん)。9月からは、新たに、0歳からのベビーリトミック講座もスタートするとのこと。イベントの後は、ハーブティーを飲みながら先生と関口さんとお母さんたちの子育てトークで盛り上がりました。
また、毎週月曜日は関口さんが、絵本の読み聞かせ会を無料で開催しています。読み聞かせ会では、お母さん同士を結びつける仕掛けも。
「毎回、参加者の自己紹介をしたり、お子さんの名前をストーリーにからめたり、交流の機会を増やしています」(関口さん)
他に、ハーバルセラピストである関口さんによる「ハーブ・アロマ講座」や、お店のベビー服を作っている土居マミさんの「みんなの手芸入門」など、たくさんの魅力的なイベントが開催されています。
防犯・防災の情報やハザードマップも
店内には、地域の子育て情報も満載。近所の子育てマップや、子育てインフォメーションファイル、消費者庁の「子どもを事故から守るプロジェクト」などの資料が自由に閲覧できます。さらに、震災後は防犯・防災インフォメーションも加わり、世田谷区の地震や洪水のハザードマップなどが一目でわかるようになっています。各役所に行ってそれぞれ調べる時間はなかなかないので、こういった資料が一度に閲覧できるのはありがたいもの。ぜひ、一度自分の住んでいる地域の状況を確認しておきたいものです。
ただキッズスペースを設けたり、ベビーグッズを販売するだけではなく、地域のお母さんのサポートを第一に考えている「パックスファミリア」。お店というより、子育てサロンや児童館に近い印象を受けました。
初めての育児に不安な時や子育てに煮詰まった時、ふらっと立ち寄ってみませんか? きっと新しい子育ての輪が広がります。
(※)リトミックとはスイスの作曲家・音楽家エミール・ジャック・ダルクローズによって創案された音楽教育法。音楽を体で体験し、表現力や想像力を養う総合教育。
(撮影・文 中村 杏子 まちとこ出版社)
オープンして53年、松陰神社の昔を知る
松陰神社駅前に突如現れるバー。その名は「バッカス」。
ローマ神話の酒の神の名を冠したこのバーがオープンしたのは、なんと53年も前のことでした。
外から中を窺い知ることはできず、ドアを開くとき、少し緊張してしまいます。ドアの向こうには、タイムトリップしたかのような空間が。S字のカウンター、クロス張りのイス……すべて53年前から変わっていないのだとか。
壁にはお酒の瓶がずらりと並び、その横にはカクテルメニュー。そこには「ワインリスト」と書かれていました。なぜカクテルなのに「ワインリスト」なのでしょう?
「はるか昔、お酒といえばワインだったんですね。つまり、ワイン=お酒ということ。おそらくほかのバーでも、メニューは「ワインリスト」と書いてあるはずですよ」(飯塚さん)
チャージなしで、ドリンク代のみ、カクテル一杯650円〜からと、オーセンティックバーの趣ながら、松陰神社プライスなのもうれしい。
オープンしたのは昭和35年(1960年)のこと。なぜ、松陰神社で、このお店をやろうとしたのでしょうか?
「30歳でオープンしたんですね。それまでは、サラリーマンのような仕事です。自動車の修理工場に勤めてましてね、代田に住んで墨田区のほうへ通っていました。特にお店をやりたかったとかね、お酒が好きだったとかではないんです。その頃はね、仕事が選べなかったんです。なにかやらないとなと思ってね。お店を出すにもお金がなかったですから、三軒茶屋は無理でしたので、松陰神社になったんですね(笑)」(飯塚さん)
いまは東急世田谷線といえば、無人駅ですが、かつては駅員さんが常駐し、改札があったのだそう。“玉電”と呼ばれ、親しまれていました。
「世田谷線はね、大正14年からあるとても古い電車なんですよ。東京オリンピックでほとんどの路面電車はなくなってしまいましたけれどね。この松陰神社の商店街は、戦前からありましてね。すべて木造の2階建てだったんです。いまは見る影もありません」(飯塚さん)
東京オリンピックの開催は昭和39年。それを前後して、東京の街がだんだんと変わっていき、その町並みの変遷を見届けてきたという飯塚さん。
「昭和30年くらいかな? トリスバーやニッカバー、オーシャンバーがあちこちにあって、ハイボールを出してました。その頃はね、まだお酒がそんなにない時代でしたからね。松陰神社にも2~3軒くらいあったかな。けれど、いまではうちだけしか残ってないんです。これしかないから一生懸命やってきたっていう感じかな」(飯塚さん)
毎日変わらず、お店に立つということ
住宅街にあるとはいえ、近所の方だけでなく、「ずっと電車から見えて気になっていて」と途中下車して訪れる方も多いという。テレビや、インターネットを見て、遠方から来る方も最近では増えました。
飯塚さんは、毎日このお店に立ち、シェイカーを振っています。
「母親がね、健康に生んでくれたから、こうして53年もやり続けられるんでしょうね。お休みは特別ございません。私が一人でやっていますんで、いつでもいいんです。基本的には毎日やっています。仕事というより、自分の生活のリズムの一部。いろんなお客さんと話してるだけで、世の中とのつながりを感じるわけです」(飯塚さん)
その昔、戦争中は“月月火水木金金”という言葉があり、「休日なんてなかった」と話してくれました。
「ここはね住宅街ですからね、いつお客さんがくるかはわからないですね。おばあさんに近い年齢の女性もお見えになりますし、最近では、女性おひとりでいらっしゃる方も多いですよ。うちはね、ドアが閉まっていて中が見えませんから、入りにくいかもしれませんけれど、住宅街のバーですからね、そんなに緊張することはありません」
とはいえ、一人でバーへ行き、どういう風に頼めばいいのか、カクテルの名前もわからず、どぎまぎしてしまうことも……。
「そういうときは、どんなものがお好みかをうかがいます。甘いのか、強いものか、弱いのがいいのか。カクテルの名前を覚えようなんて無理ですよ。写真のついたメニューもあるので、そういうものから選んでもらうこともあります。この雰囲気ですからね、一度入っていただければ、落ち着いて召し上がっていただけます」
店の名物ともいえる「ソルティードッグ」は、ウォッカではなく、ジンベース。
「それを召し上がるとね、飲みやすいとみなさんおっしゃいますね。塩をなかに入れるんですが、一番おいしい量を加減して、シェイクします。私の作り方はね、イギリスなもんですからね。スコットランドのほうはウイスキー、下の方はジンですね。ジンのほとんどはロンドンドライ。だから、ソルティードッグもジンベースなんですね。ソルティードッグはね、昭和15年、イギリスで誕生したんです。船の甲板員がね……」
ソルティードッグの逸話。この続きは、ぜひお店で。飯塚さんの軽妙な語りを聞きながら、塩気がほんのり感じられる、絶妙な味わいのソルティードッグをいただきました。
大人になってお酒を飲む機会は増えても、バーで静かにお酒を嗜む時間はそう多くありません。
「バーはひとりで飲む場所。ゆっくりと飲みにきてください」と飯塚さん。
「バッカス」は、今夜もひっそりとオープンしています。
(撮影:渡邊和弘)
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