ダウン症の人がもつ芸術性との出会い
経堂の商店街から路地を入ったところにある、静かな雰囲気の一軒家。入り口には、「アトリエ・エレマン・プレザン」と描かれたキャンバスが置かれています。玄関を入ると、アトリエからにぎやかな笑い声が聞こえていましたが、やがて制作に集中する静かな時間に包まれました。
ここは、ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ。1980年代に子どもの絵画教室を開いていた画家の佐藤肇さん、敬子さん夫妻がひとりのダウン症の子どもと出会い、高い芸術性に衝撃をうけたことがきっかけとなり、1990年頃から三重と東京で始められました。現在は、佐藤夫妻の娘・よし子さんと夫の佐久間さんが中心となり運営しています。
「最初に注目したのは、ダウン症の人たちの芸術性に共通した特徴があったことです。彼らの絵は、色と色が画面のなかで調和して見事にバランスをとっている。やさしく肯定的な表現で、彩りも明るい。違う作家の作品を並べても、同じ作家のものと間違われるくらい、共通した感性があるんです」と佐久間さん。
肇さん、敬子さん夫妻は、これまで注目されてこなかったダウン症の人たちの優れた作品を「アール・イマキュレ(無垢の芸術)」と名づけ、芸術としての地位を確立する活動に力を注いできました。作品が高い評価を受ける一方で、活動を受け継いだ佐久間さんたちは「なぜ、こうした表現が生まれるのか?」と、彼らの内面性に興味をもつようになります。
アトリエの作品は、鮮やかで楽しくなるような色づかいばかり
代表の佐久間さん。アパレルとのコラボTシャツを着て
心の内面を表す、調和的な作風
「絵を見た一般の人から、よく『でたらめに描いているんでしょ?』と言われるんですよ。でも、自分で描いてみるとわかると思いますが、それでは作品にならない。ダウン症の人たちは、いちばんいいバランスでの終わり方を知っているんです。それは、絵を描く以前から、調和的・肯定的な世界が彼らの内面にあるからだと思う」(佐久間さん)
現在、東京のアトリエに通っているのは、5~35歳までの37人。土日に開かれる絵画クラスをメインに、平日の午前~夕方には、自由な制作活動をして過ごす「プレ・ダウンズタウン」と呼ばれる教室があります。取材にうかがったのは、平日の午後。アトリエには4人の生徒さんがいました。
大きな机を囲んで、ゆうすけ君はクレヨンで色を塗り重ね、だいすけ君は辞書を見ながら創作文字を描き、あきちゃんはヌード画と、それぞれが自分で決めた作業に夢中になっています。布でコラージュをしていたはるこちゃんが、「ありがとう」と描いたカードをプレゼントしてくれました。
「このアトリエが、色々な人に支えられていることを彼女なりに感じているんです。だから、みんなにカードを渡すんですよ」と佐久間さん。一般にダウン症の人たちは感受性が強く、思いやりが深いと言われますが、言語表現が得意でない人も多くいます。絵を描くことは大事なコミュニケーション手段の一つなのかもしれません。
それぞれの制作に集中するアトリエの生徒さんたち
はるこちゃんの描いた「ありがとう」「楽しくね」のカード
「彼らが遅いのか、僕らが早いのか?」
教室といっても、ここでは美術的な指導はしません。佐久間さんが「僕は先生じゃないよね?」と聞けば、あきちゃんも「先生じゃない」ときっぱり。「彼らは教えられなくても素晴らしい絵が描ける。だから、自由に表現できるように、彼らのリズムに任せて寄り添うことを大事にしているんです」と佐久間さん。
佐久間さんは、ダウン症の人がもつ内面世界を “彼らの文化”と呼びます。「一般社会と違うリズムだという理由で、彼らは動きが遅いとか言われてしまう。でも、ここでは見学に来た人も含めて、私たちが彼らのペースに合わせます。そうすると文化が逆転して、見え方が変わってくるんです。彼らが“遅い”のではなくて、僕らが“早い”のだと」
「“彼らの文化”はむしろ社会にとって必要なもの」と佐久間さんは続けます。「このアトリエに来るとほっとするという人は多い。いまの社会に居づらさを感じる人は少なくないですよね。もしかすると、彼らを“遅い”と言ってしまうような文化は、人にとって何かがずれているのかもしれない」
「僕は別に先生じゃないよね?」「うん。先生じゃないよ」
クレヨンの色を何度も塗り重ねた、ゆうすけ君の作品
「ダウンズタウン」に見る新しい未来
彼らの文化を絵だけでなく、生活全般に広げて社会とつなげることができたら、アートや福祉といった分野を超えて、新しい未来の可能性がみえるかもしれない――そんな思いから生まれたのが「ダウンズタウン計画」です。
「ダウンズタウン計画」とは、ダウン症の人たちを中心にした文化発信地をつくる構想。美術館を中心に、彼らがデザインしたアトリエや住居、カフェ、畑などをもち、自分たちのリズムで生活し、一般の人も立ち寄れる場所をイメージしています。この計画は、多摩美術大学の芸術人類学研究所との共同で立ち上げられ、少しずつですが三重県で準備が進められているそうです。
現在、アトリエでは制作環境を優先して、一般の見学は基本的に受けていません。でも、こうした場所ができれば、彼らの文化を身近に感じる機会も増えるかもしれません。そこからどんな未来が生まれていくのか、その実現が楽しみです。
また、2014年の夏には、東京都美術館で展覧会も開催予定。ぜひHPをこまめにチェックしてみてください。
ダウンズタウン計画を紹介した冊子とイメージスケッチ
2009年に開催した「アール・イマキュレ―希望の原理」展の様子
(撮影:庄司直人)
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アトリエ・エレマン・プレザン東京
住所:東京都世田谷区経堂
※住所の詳細は取材対象者の意向により掲載を控えています
TEL:03-6313-9906
http://www.element-present.com/
定休日:木・金曜日
※基本的に、一般の方の見学は受け付けていません。
学生の見学希望者はHPにある申し込みシートによる事前申し込みが必要です