120体以上もの鶏の剥製を展示
まず、常設展での特長的な展示のひとつは、驚くほどたくさんの鶏の剥製(はくせい)です。約50品種、約120体の鶏の剥製が展示されています。鶏は博物館の入口にも大きな像があり、博物館のシンボル的存在となっていますが、なぜ鶏なのでしょう?
常設展の2階に上がると鶏の剥製がずらり。中でも目をひくのは、驚くほど長く美しい尾羽を持った尾長鶏
「畜産学科(当時)の教員が研究や収集に力を入れてきたからなのです」と教えてくれたのは、東京農業大学准教授の田留健介先生。「展示されているのは、ほとんどが観賞用の鶏の剥製です。鶏というとどうしても食用のイメージが強いのですが、実はこういった観賞用の鶏というのもたくさんいます。観賞用の鶏の品種改良は江戸時代に進みましたが、この時代は約300年間大きな戦争がなく平和だったので、他に金魚や朝顔なども観賞用として品種改良が進みました。鶏には食用の面だけではなく、ひとつの文化としても、私たちの生活と繋がりがあるということを感じてほしくて展示しています」(田留先生)
田留健介さん(東京農業大学・造園植物・樹芸研究室卒業)は2020年に南極地域観測隊として南極の菌類の調査した経験もある
中でも一段と美しいのが、天然記念物でもある尾長鶏です。尾長鶏は尾羽が約6メートル、最長のものだと13,5メートルという記録もあるとのこと。まるで平安時代の貴族女性の髪の毛のように長く黒くツヤツヤの尾…その美しい佇まいを見ていると、鶏がこの博物館のシンボルになったのもうなずけます。
壁一面に飾られた卒業生の蔵元のお酒
次は、常設展の目玉である、醸造科学科卒業生の蔵元を紹介するお酒コーナーです。床から天井まで壁一面に色とりどりの酒瓶が展示され、バックライトに照らされている様は圧巻です。
東京農業大学は私立大学で初めて「醸造科学科」を開設。卒業生の蔵元の一部を紹介している
「全部で280本展示しています。現在、日本には1500以上の蔵元がありますが、その約半数が東京農業大学の醸造科学科で学んだ蔵元さんたちです。地方の小さな蔵元を訪れた際に“実は東京農業大学卒なんですよ”などと言われることも少なくなく、驚かされます」(田留先生)
奥には、酒器やお酒にまつわる様々な物が展示されています。
座興杯(ざきょうはい)。サイコロを振って出た目によって盃の大小を決めるという酒器
「これらは醸造科の創立者である住江金之(すみのえきんし)先生が収集したものです。地域ごとに特徴のある酒器を200点ほど展示しています。中にはテーブルに置くことができない形の酒器もあって、これはつがれたら飲み干せという意味の酒器でしょう(笑)。その他、お酒に対する戒めを描いた四コマ漫画のような絵画、いろいろな酒癖を描いた絵画、昔のお酒造りの道具など、お酒にまつわる様々な物を展示しています」(田留先生)
ただ単にお酒を飲むだけでなく、お酒の席を楽しむために様々な工夫が凝らされていて、その追及心に感心してしまいました。こういった面白い酒器も江戸時代に盛んに作られたそうで、先ほどの鶏の品種改良と同様に、食という面から多様な文化が生まれたのでしょう。
企画展「美しき土壌の世界」が開催中
年に2回開催される企画展では、「美しき土壌の世界」が開催中です(8月31日まで)。日本全国のさまざまな土壌から採取した “モノリス”(土壌断面標本)37本を一堂に展示し、普段目にすることができない地下の土壌の世界をじっくりと見ることができます。
うす暗い空間に立ち並ぶ土壌のモノリス群。神秘的な雰囲気が漂う
「こうやって並べてみると、土壌って素敵でしょう。同じ土でも様々な色や質感があることがわかると思います」と言うのは東京農業大学・応用生物科学部・農芸化学科・土壌肥料学研究室の加藤拓教授。確かに、立ち並ぶ土壌のモノリスは土というよりまるで一枚のアートようです。
「土壌は生態系においてきわめて重要な役割を果たしていますが、普段の生活においては、私たちは表面しか見ることができません。この企画展では、普段目にすることがない地下に広がる土壌の世界を自由に感じてもらいたく、展示での説明は極力控えました。絵画と同じ感覚で、それぞれの世代の方々がそれぞれの感性で興味を持ってもらえたらいいなと思って構成しています」(加藤先生)
加藤拓教授。持続的な農業生産環境を形成するための肥培管理に関する研究や森林生態系における複数元素の循環に関する研究をしている
加藤先生に、日本の土についてざっくりと教えていただきました。
「日本の土は大きく分けると3種類あって、1つ目は火山灰が積もった土、2つ目は川が氾濫してできた土、3つ目が森の土です。国土の90%くらいがこの3つの土で、その他に特徴的な土が少しあります」(加藤先生)
でも展示を見ていると、同じ種類の土でも雪が多い東北地方は黒っぽい色なのに対して西日本では黄色っぽいなど、土の色には地域性もあるようです。
「例えば子どもに土の色を塗らせると、だいたい京都は黄色のクレヨンで、沖縄はオレンジっぽい色、関東はこげ茶、東北だともっと黒っぽい色で塗るんですよ。土ってひとつの色と思われがちですが、海にもいろんな色や風景イメージがあるのと同じように、いろんなバリエーションがあるのです。そういうことを今回の展示で感じてもらったり、知ってもらえたらうれしいです」(加藤先生)
詳しい説明はパンフレット(無料)で。加藤先生直筆のコメントつきでとてもわかりやすい
「土は時間とともに変化します。例えば、植物が伐採されたら有機物が分解されてくるし、植物が生えればまたどんどん有機物がたまります。土壌が植物を支えるのですが、逆に植物によっても土壌は変化するのです。自然の作用や人間の活動、時間によって、土壌は常に変化し続ける、そう考えるといかに土壌が私たちの社会や歴史と非常に絡んでいるかがわかるでしょう」(加藤先生)
「食と農」の博物館では、食や農業にまつわる様々なことについて、子どもから大人まですべての世代の方々に、貴重な資料展示で気づきや学びの機会を提供しています。また、併設されている大型展示温室「バイオリウム」では、熱帯の動植物の生態を体感しながら観察できます。研究員によるガイドツアー(有料)も行われていて、お子さま連れにもおすすめです。「美しき土壌の世界」は8月31日まで開催中です。日本全国のさまざまな土壌を見られる貴重な機会なので、ぜひ足を運んでみてください。
隣接する「バイオリウム」ではマダガスカルを中心とした貴重な動植物を飼育。世田谷にいるとは思えないほどの熱帯のジャングル感が味わえる
写真/壬生マリコ(合同会社まちとこ)